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大阪高等裁判所 昭和41年(う)666号 判決

被告人 白川一夫こと白浩沢

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

事実

(一)  昭和三五年一一月二五日、和歌山地方裁判所新宮支部、傷害罪、懲役一〇月(同三六年三月一六日確定)

(二)  昭和三八年一一月一八日、和歌山地方裁判所田辺支部、傷害罪、懲役六月(同三九年一二月二二日確定)

以上いずれも当時刑の執行終了

証拠〈省略〉

法令の適用

法律に照らすと、被告人の判示行為中、第一の器物損壊の点は刑法第二六一条、罰金等臨時措置法第三条、第二条に、第二の公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項にそれぞれ該当するところいずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人には前示の累犯にかかる前科があるので刑法第五六条第一項、第五七条、第五九条によりそれぞれ累犯の加重をし、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により重いと認める判示第二の公務執行妨害罪の刑に法定の加重をしたうえで被告人を懲役八月に処し、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎薫 浅野芳朗 大政正一)

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐藤哲作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は要するに、原判決は、原判示第二の公務執行妨害の事実について、被告人は、警部須藤進の原判示第一の器物損壊事件に関する取調べに際して暴行を加えた旨判示しているが、右暴行は、小川某が月見の晩に警察官から暴行を受けたが、同警察官には何の処分もないことについて、被告人が右須藤に抗議をし、その話し合いの最中になされたものであつて、須藤警部の公務の執行としての取調べ中になされたものではなく、単純暴行罪に過ぎない旨主張する。

よつて原審において取調べたすべての証拠に当審における事実取調の結果を参酌して検討するのに、被告人が右暴行をするに至つたいきさつはつぎのとおりであることが認められる。

昭和四〇年九月一一日串本町観光タワー前で串本警察署員がでい酔した小川紀夫外二名を保護し、小川から和歌山地方法務局に対し人権じゆうりんとして提訴したことがあり、被告人は原判示日時に、酒の勢も手伝つて、知人の小川紀夫が警察官から暴行を受けたのに右警察官には何の処分もないのは不当であると考え、そのことについて抗議をしあるいは右処分の結果を聞くために、原判示串本警察署に行き、原判示のとおり、警察署公舎にいた右警察官の上司である同署刑事課長警部須藤進に「警察の内部のことで聞きたいことがあるから来てほしい」と言つて電話したところ同人はこれに応じて出署したが、この間に被告人は原判示第一の器物損壊罪を犯した。須藤警部は、係官から被告人の右犯行を聞き、被告人から電話の話の事情を聴取し、併せて同人の右犯行についても取り調べるため、被告人を同署刑事室に呼び入れて、順序としてまず、被告人が警察署へ来た事情の聴取をはじめた。そして、被告人が前記小川紀夫の事件のことについて問いただしたのに対し、同警部が「そのことについては警察官に落度はない。法務局も調べがすんでいるから、不服があるなら法務局か検察庁に言いなさい」と言つたところ被告人は「なにそれでいいのか」と言つて、矢庭に飲みかけのコップの水を同警部の顔面にかけた。

ところで、原判決は、被告人が、「器物損壊事件について取調中の刑事課長警部須藤進に対しコップの水を同人の顔面にかけて暴行をなしもつて同警部の職務の執行を妨害した」旨判示しているが、右の器物損壊事件について取調中ではなかつたのであつて、須藤警部が被告人を右のように刑事室に呼び入れた目的のうちには、右取調べも含まれていることは右認定のとおりであり、従つて右暴行は、右取調べに着手しようとする際に行われたものということができるが、公務執行妨害罪が成立するためには、単に客観的に公務の執行中であるだけでなく、主観的にも暴行者において相手方の公務の執行中であることを認識していることを要するので、すすんで右認識の有無について判断するに、須藤進の検察官に対する供述調書及び当審における証人須藤進の供述によれば、須藤警部が被告人を前記のとおり刑事室に呼び入れる際「こつちへこい」と言つたところ、被告人が「人を呼びつけるとは何だ」と言つたのに対し、須藤警部は「お前が用事があるというから来たのでないか」と答えており、また須藤警部は、被告人に水をかけられるまで、同人に対して器物損壊のことは一言も話していないことが認められること及び前記認定の被告人が串本警察署に行つた目的などを総合すると、被告人は、須藤警部が、小川紀夫らを保護したことに関する警察の措置について被告人の質問ないし抗議に対して説明中であることを認識していたことは認め得られるが、器物損壊事件に関する取調べを受けることについての認識があつたものとは認めがたい。従つて、原審が、妨害された公務の内容を器物損壊事件についての取調べにあるとしたのは事実を誤認するものであつて、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条、第三八二条により原判決を破棄し、検察官の訴因変更の請求を許可したうえ、同法第四〇〇条但し書に従いさらに判決する。

罪となるべき事実

被告人は

第一昭和四一年二月三日午後一〇時四〇分頃、和歌山県西牟婁郡串本町串本警察署表事務室において、同署巡査部長中西将から、同署備付の電話機を借り受け、同署公舎の刑事課長警部須藤進に「警察の内部のことで聞きたいことがあるから来てほしい」旨の電話をかけたが、その際受話器の取扱が乱暴であつたことについて右中西から注意を受けたことに立腹し、同事務室次長警部平尾頼蔵の机の上に置いてあつた同人の職氏名を表示した表示板を取り上げて、同机上の書類入箱をたたき、さらに同書類入箱を床上に投げつけ、よつて同署署長集田真一管理にかかる右書類入箱一個を損壊し

第二さらに同日午後一一時一〇分頃、同警察署刑事室において、右須藤警部が警察官職務執行法による保護事件に関連する警察の措置について被告人の質問ないし抗議を聴取し、これに対する説明をしていたところ、被告人は、その説明が気にくわないとして、やにわにコップの水を須藤警部の顔面にかけて暴行をし、もつて同警部の職務の執行を妨害したものである。

証拠の標目

当審における証人須藤進の供述のほか原判決挙示の各証拠を引用する。

累犯前科

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